【自己効力感】〜自己効力感をさげないために〜
「あ~、これ今日中にやろうと思ってたのに出来なかったなぁ・・・」
手帳の「TO DOリスト」にならんだ、「TO DO」の在庫を眺めて、ため息つくことって
ありますよね。今日やることを片付けるどころか、昨日やらなきゃいけなかったことまで残っていて、ドンドン借金が増えていく・・・なんてこたもあると思います。
そのうちに、「私って仕事が遅い?」と自己嫌悪に陥ったり、あまりの負債の多さにヤル気を失ったり、なんてことになり兼ねません。
そうなると、「自己効力感」が下がってしまいます。
自己効力感=自分がある状況において必要な行動をうまく遂行できるかという可能性の認知
自己効力感が下がっている状態だと、成功するものも失敗してしまったり、やれるはずのこともやれなかったり、良いことは一つもありません。
「打てるわけがない」と思ってバッターボックスに立ったら、どんな名選手でも打てない。それと同じようなものです。
そこで、おすすめなのが、「I DID」リストの作成です。「TO DO=やることリスト」ではなく、「I DID=やれたことリスト」を作るんです。
わたしはものぐさなので、「TO DO」を付箋に書いて、やれたことは剥がして、別ページの「I DID」リストに移動させています。マメな方は、「TO DO」リストの項目を、二重線で消すのと同時に、となりの「I DID」リストに記入をしていく方が、ずっと残るのでオススメです。
これをやるだけで、自分がその日にやったこと、つまり成果が見えますよね。アレもコレもソレもやったんだって思えば、自信になります。
1つ2つやれてなくても、「これだけやったんだから、仕方ない」って思えます。自信にはならなくても、自分を許すことができます。
これさえやっていれば、自己効力感が上がらないかもしれませんが、下がることもありません。些細なことですが、結果への影響はあなどれません。
いきなり仕事のやり方を変えるのは難しいですが、これならできるかも・・・と思いませんか? そう思った方、一度試してみて下さい。
2018年10月4日 たゆかのたわごと
【一生懸命】〜一生懸命は仕事だけのものですか?〜
【一生懸命】
仕事においては、常に求められるし、やらなきゃ悪みたいに言われます。逆にこれさえやっていれば許される(ことが多い)免罪符のようなものだったりもしますよね。
もともとは、中世の武士が先祖伝来の所領を命懸けで守ったことに由来する、一所懸命という言葉があり、それが時代の流れとともに、命懸けで何かをするという部分だけが残って、一生懸命と誤用されるようになったのが始まりとか。
私も「仕事に一生懸命」が好きでした。「仕事を一生懸命」やっていました。
会社から与えられた目標を達成するため、お客様からの要望に応えるため、自分が一生懸命やって出来ることは、何でもやりました。
そのせいで、友達との約束に遅刻したり、誘いを断ったり、週末も仕事に行くので、家族とも疎遠になり…。
でもある時、気付いたんです。
私は、仕事には一生懸命でしたが、それ以外のことは、サボりまくってたんですよね。いや、本当に反省。そりゃ、仕事に一生懸命になれますよ、他は何にもやってないんですから。
仕事だけに一生懸命だったせいで、たくさんのものを失っていたんですよね。そして失っていることにすら、気づかないものもあったと思います。
あ〜もったいない。
そうなんです!「一生懸命」という言葉は、仕事だけに使ってはいけません。周りの人、もの、組織、そして自分のために、バランスよく一生懸命になりましょう。
そのためには?
そうなんです。今、一生懸命になっていることを、少しだけサボること。ちょいサボり。
真面目な人ほど、サボることに抵抗があったり、自己嫌悪に陥ったりするかもしれませんが、そこは大丈夫。だって、サボった分だけ、他のことに一生懸命になるんだから。
一所懸命の時代には、土地という大切なものを守るために、色んなことに一生懸命になっていたんだと思います。
であれば、今の時代だって同じ。一つのことだけに一生懸命になるんじゃなく、色んなことにバランスよく一生懸命を振り分けることで、大切なものが守れるのではないでしょうか。
そして、一生懸命になる相手は、そんな特別なものである必要はありません。まずは、今目の前にあるもの、手の届くところにあるもので、いいんです。
まずは少しだけ、視野を広げてみませんか?
2018年10月3日 たゆかのたわごと
新しいチャレンジ〜キャリアコンサルティング技能士2級〜
最後の最後まで迷いましたが、受験することにしました!キャリアコンサルティング技能士2級試験。
実は、過去にも受けたことがあり、学科試験は合格しています。今回の試験が、学科免除のラストなので、ラストチャンスのつもりで。ちなみに前回の受験票。この時は、試験すら受けずに不戦敗でした。
もともとこの資格の取得を目指した理由は、2つあります。
1つは、いつかキャリアカウンセラーとして独立したいと思っていて、その時に資格があった方が、なんとなくハクがつくと思ったから。
もう1つは、何かを学ぶことに飢えていて、どうせ学ぶならば、興味のあるキャリアの分野にしようと思ったから。
そんな中、病気が分かって、この先何年も治療が必要という体になって、キャリアカウンセラーとして独立するなんて、もう絶対無理だと思うようになり、試験の申し込みすらしなくなりました。目的を失ったわけです。
そんな私が、何故もう一度、試験を受ける気になったのか?
それは、今の自分のような人が、相談したりできる場所って、本当にないなぁって思ったからです。
もちろん、公の機関を含めて、そういった支援の場はあるはずなのですが、私が相談したいことを相談できる場所は、近くにはありません。
病気になったことで、たくさんのものを失いました。そんなにたくさん失った私が、新しい挑戦をしたり、今あるもの以上を求めるのは、間違ってるというか、そんなこと絶対に無理だと思っていました。
でも、気がついたんです。
病気になる前にはなくて、今は持っている自分の強みに。それは、がんという病気になった人の気持ちを理解できるということ。
今までも、病気の苦しみや不安は分かっているつもりだったし、そういった人をサポートしてあげなければという気持ちは、持っていました。
でも、実際に自分が病気になってみて、元気な頃に想像していた気持ちとは、まったく違ったなぁというのが、正直なところです。何にも分かってなかったことに、気がつきました。
がんという病気になって見る世界は、実際になってみないと分かりません。もちろん、同じ病気だからといって、みんなが同じではなく、むしろ同じ人はいません。
それでも、病気にならなければ得られなかった経験は、きっと活かせると思います。新しいチャレンジ、頑張ります!
2018年10月2日 たゆかのたわごと
告知〜乳がんが分かったその日のこと〜
乳がんが分かったその日のことを書きます。
忘れもしません。2018年1月12日(金)のこと。秋に受 けた会社の健康診断で「再検査」となり、2週間ほど前に受けた 検査結果を聞くために、会社近くの病院に、朝9時に到着。 再検査では、「乳腺エコー」と、念のための「細胞針」 をしました。
エコーを見た先生からは、「しこりは確かにあるけど、つるんとし てるし、悪いものには見えない」と言われていたのもあり、 さっさと検査結果を聞いて、さっさと仕事に行くつもりだった私の 耳に飛び込んできた、人生最大の衝撃の言葉。
先生「残念ながら、悪いものでした」
頭をガーンと殴られた感じ、というあの表現は正しかったということを 知った瞬間でした。頭の中が真っ白になり、 徐々に視界も白くなって、先生の声が遠くなっていく、 そんな感覚を今でも覚えています。
先生「これからの事を相談しないといけないんだけど、今後は手術 を前提に考えて、専門の病院を紹介しますね。悪いものと言っても 小さいから、命にかかわるような状態ではありません。ただ、一般 的に治療は何年もかかるので、会社からの距離や自宅からの距離、 場所もきちんと考慮して、○○病院か○○病院あたりかなぁ? と思うんだけど・・・」
という話が耳には入ってくるものの(というよりも、後から思えば そんなことを言われたような気がする・・・)、それよりも大音量 の私の心の声が、先生の声をかき消すような、そんな感じ。
私の心の声「え!? どういうこと? 私、癌なの? え? そんなの困るし。これからどうすればいいの? 私、死んじゃうの?」
しばらくは茫然と、ただ診察椅子の小さな椅子に座っていました。
次に私が動き出したのは、看護師さんから渡された「紹介状を書 くのに必要な書類のようなもの」に、自分の名前を書こうとしたとき。
目の前が真っ白で紙が見えず、手が震えて文字が書けず、涙がボタ ボタと紙に落ちてきて、余計に紙に字が書けない。
それに気がつい た看護師さんが、「急に言われても、受け止められないですよね。 ごめんなさい。ゆっくりでいいですよ。ゆっくりでいいです。」と 背中をさすってくれました。その瞬間、押さえていた感情が溢れ出 し、大人になってから人前でこれほど泣いたことはない、ってぐら いに泣きました。
直後、猛烈な吐き気が襲ってきて、トイレにかけ込んで、朝食をも どしてしまいました。少し落ち着きを取り戻せたのか、診察 室の外の椅子に座って、必要書類に記入をしました。淡々と書くべき項目を埋めていく、ただそれだけで精いっぱいでした。
紹介状を受け取るために、夕方もう一度病院に来てほしいと言われ 、今日の診察代もその時でいいですよ、と言ってもらったので、と りあえず病院を出て、そのまま会社へ向かいました。
会社に行こうとか、 会社に行かなくちゃという気持ちがあるわけではなく、会社に行く という予定があったから向かう、ただそれだけで精いっぱいでした。いつ涙が溢れ出すから分からないので、電車に乗ることが出来ず、30分ぐらい黙々と歩きました。
私の人生が大きく変わった日の出来事でした。
2018年10月1日 たゆかのたわごと